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設立者 1707年、皇帝ヨーゼフ一世により皇帝直営の質屋として設立されました。その目的は高利貸しの横行を抑制し、営業活動によって得た利益を慈善活動に役立てるというものでした。しかし、貴族達の的外れな利用によって社会救援を目的とする活動は妨げられてしまいます。 改革者 1787年、女帝マリア・テレジアの息子、皇帝ヨーゼフ二世の改革によりこの施設はすべての階級の人々に開放されました。これにまつわる皇帝ヨーゼフ二世の伝説的なエピソードをご紹介しましょう。 |
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エピソード 話によると皇帝ヨーゼフ二世は貧しい身なりに変装して質物委託所を訪れ、帽子を質入れしようとしましたが係の役人はあざ笑って殆ど値打ちの無い帽子の質入れを拒否しました。すると皇帝ヨーゼフ二世は身分を明らかにし、傲慢な役人を免職し、以後どのような価値の低い品でも受け入れるよう命じたということです。 この話の真偽はさておき、皇帝ヨーゼフ二世によって為された改革は営業活動を上昇させ、施設は狭くなった当初のアナガッセから聖ドロテーア修道院に移されます。現在の名称ドロテウムはこのドロテーア修道院に由来します。 |
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改築 営業の拡大に応じ切れなくなった古い修道院は "ウィーン・リングシュトラッセ建築様式" 信奉者のエミール・フォルスター設計により改築され、1901年、新ドロテウムが皇帝フランツ・ヨーゼフ一世を迎えて公にオープンします。 |
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二つの大戦 二つの大戦とその結果による厳しい社会、政治の激動を避けることはできませんでしたが、戦争中の営業は急激に上昇し、その後の不況期に質業はピークに達し、ウィーンを始め国内各地に支店が設立されました。第二次大戦とその後の数年は莫大な資金、資産の損失や多くの顧客を失ったことでドロテウムを苦境に立たせます。 |
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近代的なオークションハウスへ 1979年、オーストリア政府を唯一の株主として "ドロテウム、オークションハウス、質屋、銀行" が設立され、それに伴う組織の再編成により現在の経営体制が確立しました。質業は後退しましたが、オークションハウスを中核に、ダイレクトセール、銀行業と躍進し、更に1995年には不動産業を開始し現在に至っています。 |